Q 環境負荷低減に向けた、グローバルでの、高い統一目標を定めた理由を教えてください。
中尾● それは当グループの海外進出の性格とも関連しています。当社の創業は1909年ですが、その2年後には海外進出を開始し、戦前にはすでに、生産拠点も含めアジア地域へ事業展開を行ってきました。その背景にあったのは、アジア地域の食文化と当社の主力商品であるうま味調味料との親和性の高さでした。つまり我々にとって海外、特にアジアは、創業当初からの主要な市場の一つだったのです。
太平洋戦争にともなう事業リセット後、1958年のフィリピン進出を皮切りに、いち早くアジア諸国への事業展開を行ったのもそうした事情があってのことです。そういう意味で、低廉な労働力の活用を目的とすることが多い一般的な日本企業のアジア進出と、当社の進出は一線を画しているというべきかもしれません。つまり我々がこれまで取り組んできたのは、「現地でモノつくり、現地で売る」というビジネスモデルなのです。
現地でモノを作り、現地の方々により多く買っていただくためには、企業活動を現地の人々に認めてもらう――ブランドイメージを高めていく努力は不可欠でした。地球規模の課題に対して、世界的な高い統一目標を定め、その実現を目指すことも、そうした目的に向けた取り組みのひとつといえるでしょう。
Q とはいえ公的機関が定める環境基準は、国によって異なるのが実情です。そうした現実のなか、あえて、統一的かつどの国にとってもチャレンジングな目標数値を定めることの難しさも当然あったのでは?
中尾● たしかに環境基準は国によって異なります。また、日本の環境基準・技術は、世界的に見ても高い水準にあると思います。しかし、当時私たちが日本のレベルにこだわらず、国際的に高いレベルの目標を掲げたのは、どこかの国の基準に合わせよう、ということよりも、技術立社と自負している自分たちにあえて高い目標を課すことで、環境分野においても技術革新を進め、本質的なコスト競争力も高めるトリガーとしよう、という強い意志があってのことでした。
そういう意味で、グループ各社が属する各国の環境に関する基準や意識レベルは違っても、グループ内で目標値がダブルスタンダード化することは避けるべきであるという判断を下しました。その背景には、グローバル企業であり、且つ、現地の方々との信頼関係に基づくローカル企業である、という、我々のビジネスモデルがあります。
もちろん現地では、「そんなことをしていては、価格競争力という面でライバル会社に負けてしまう」という議論があったことも事実です。しかしその一方で、昨今、新興国や発展途上国と呼ばれる国々でも、環境に対する意識が高まっています。
たとえば数年前には、ベトナムにおいて我々の競合メーカーの大規模工場が排水問題で政府に操業停止を命じられるという事件が発生しました。同様の環境意識の高まりは中国国内でも目立ち、環境問題で中小メーカーの廃業が相次いでいます。
こうした状況は、「我々の取り組みはやはり正しかったのだ」という認識を、グループ内であらためて共有することにもつながりました。特にアジア地域で頻発する同業他社の不祥事からは、環境経営がビジネスに直結するという事実を反面教師的に教えられたと感じています。
Q 「味の素グループ・ゼロエミッション」計画では、「温室効果ガスの削減」、「水資源の保全」、「廃棄物の3R(Reduce、Reuse、Recycle)」という3点について目標数値を設定しています。それぞれ、2002年当時にして、かなり高い数値を設定していますが、具体的にはどのようにして目標数値の達成を図っているでしょう?
中尾● 数値目標は、世界統一のもので、たしかにハードルの高い数値だったかもしれません。しかし、それぞれの達成の方法については、それぞれの事業所の事業特性、立地などに合わせ、独自の方法で取り組みを進めています。例えば、水資源の保全という部分に関しては、グループ内のエンジニアリング会社が開発する最新プラントを導入することでその実現を図っています。そのため、新プラントへの移行が進むアジア地域が、目標数値達成という面では日本国内に先行するという逆転現象もすでに起きています。
また、CO
2削減に向けた、地域特性を反映した取り組みのひとつがタイ現地法人におけるバイオマスボイラーの導入です。米作国であるタイにおいて、重油に代わり導入したカーボンニュートラルなエネルギー源が、米のもみ殻。これまで活用されることがなかった農業資源であるだけに、当地でもこの取り組みは大きな注目を集めています。

(左)タイ米のもみ殻 (右)バイオマスボイラーともみ殻倉庫
佐野● また、「味の素グループ・ゼロエミッション」が設定する廃棄物の資源化率の目標値は99%以上。再資源化のアウトソーシング先が確立している日本国内とは違い、新興国では、そのシステムがまだまだ未成熟であるところもあります。しかし驚くことに当グループには、一番難しい、最後の1%までこだわって、100%の資源化を達成した拠点も存在します。
うま味調味料「味の素®」や風味調味料「MASAKO®」などを生産するインドネシアの基幹工場、モジョケルト工場では、味の素グループのグローバルでのゼロエミッション計画が策定された2002年から本格的な環境負荷極小化に向けた取り組みを始め、2007年度末にはCO
2排出削減や、廃棄物・排水削減において早くも2010年度の数値目標をクリアしました。
とりわけ、再資源化には徹底してこだわり、従業員が地域のあらゆる利用先を探すなど、目標の99%に満足せず、最後の1%までこだわった結果、ついに再資源化率100%を達成しました。廃水中から回収する脂肪分や余剰汚泥のほか、アミノ酸発酵生産プロセスから副生されるカルシウム塩(サトウキビなどの原材料由来成分)、廃活性炭に至るまで、さまざまな「未利用資源」を分析し、すでに2004年度には99%を達成。残り1%にあたる、自社内で焼却処分していた紙やプラスチックなどの一般ゴミから、食堂から出る食べ残しまで従業員が徹底して分別。価値ある資源としての用途を、地域の産業と連携して見出すことで、再資源化率100%を達成しました。
こうした成果は、工場従業員が自発的に、さまざまな副生物の利用先を農業や地域社会の中で一つ一つ探し出すといった、地域に根ざした、インドネシア流の地道な取り組みによるものです。今後も現地スタッフが先頭に立ち、ゼロエミッション活動を続けていくことになると思います。
そもそも、例えばアミノ酸発酵の原料は、地域によっても、季節によっても異なり、それを安定した品質の製品に仕上げていくには、地域独自の工夫が必要です。ゼロエミッションの目標を達成していく上でも、グローバルのスタンダードを単に適用するだけでなく、「自分たちで工夫して実現する」という企業文化が根底にあって実現できることであると感じています。
インドネシアの従業員-廃水処理施設の前で
Q そのような自分たちなりに、大きな目標に取り組む、という企業文化は、どのように醸成されてきたのでしょう? そうした部分にはとても興味があります。
佐野● ひとつには、長い歴史を持つ海外進出の歴史を通し、グループ・グローバルで常にチャレンジングな目標を掲げ、真摯に取り組み、それぞれがローカルに根ざした取り組みで実際に目標を達成してきた、という事実。それが、当グローバル企業グループで働く各地域の従業員の誇りとなり、また新たな大きな目標に対しても、自分たちなりに挑戦していこう、というマインドが醸成されてきているのではないか、と思います。
Q 「味の素グループ・ゼロエミッション」計画実現に向けて、具体的な従業員教育はどのように進めているのでしょう。
佐野● まず基本的な仕組みとして大きいのは、環境マネジメントシステムの導入と定着でしょう。味の素グループでは、ISO14001に準拠した環境マネジメントシステム(EMS)を、海外を含むグループ各サイトで適用し、各国・地域に応じた環境法令への対応や環境トラブルの防止を図るとともに、環境改善の取り組みを進めています。各拠点がISO140001の認証を取得し、そのシステムを積極的に活用していくことが着実な成果を出していきます。2010年6月時点で、当グループの対象拠点の91%にあたる124拠点でISO14001の認証を取得しています。
また環境への取り組みを進めるためには、従業員の一人ひとりが環境への意識を持つことが基本です。味の素グループでは、世界各地で働く従業員がそれぞれの現場で具体的な行動に結び付けられるよう、あらゆる機会を捉えて体系的な教育・啓発を行っています。世界各地で働く社員に向けた一元的な環境教育のひとつとして、「環境教育ビデオ」があります。グループの環境対策を中心に、毎年新しい内容で制作・配布する同ビデオは英語版と日本語版があり、全世界で働く約2.7万人の従業員に視聴してもらっています。
さらに、一社会人として、従業員の社会・環境意識を啓発することを目的にした、世界規模でのキャンペーン、「Smile Earth活動」があります。中でも、環境意識を高める「ECOアクション」キャンペーンには、世界の各事業所から、毎年様々な独自企画が報告されます。例えば本社から、いくつかの取り組みテーマ案を提案した上で、各地で具体的な活動内容を設定するという形で進めています。
「食べ残しを削減しよう」などの活動テーマを発信した2009年度は、ブラジルの全事業所で、1ヶ月間食堂の食べ残し削減キャンペーンを実施。食べ残しなしの人数をカウントし、その数に応じて地元施設に食べ物を寄付する、というような独自取り組みが報告されました。
また、分別の意識がまだまだ低かったフィリピンでは、本社と営業所で、ゴミの分別を推進する企画を立て、廃棄物に関する知識度チェックという、ゴミの分別が正しく出来るかをゲーム感覚で実施し、楽しみながら環境意識を高める企画が実施されました。さらに、アメリカの味の素アミノサイエンスLLC社では、CO
2を削減するアイディアコンテストが実施され、施設部門スタッフによる新しいボイラー設置のアイディアが、最優秀賞に選ばれた、というような、より実務的な事例もあります。
同社の主力製品である「味の素」をはじめとしたアミノ酸は、様々な植物由来の糖を発酵させることによって得られるが、その原料はサトウキビ、キャッサバ、トウモロコシなど、地域によって多岐にわたる。アジア、アメリカ、ヨーロッパなど、世界に広がる同グループのアミノ酸生産拠点は、実は、原料生産地の近隣であることを前提に選定されており、いわゆる農業国に目立つ理由もそこにある。
一方、アミノ酸の発酵プロセスにおいては、主製品のアミノ酸を取り出した後に残る、栄養豊富な副生液が発生する。同グループが30年以上取り組んできたのが、この副生物を有機質肥料や飼料として有効活用、地域に還元する仕組みづくりだった。
ちなみに同社は、そうした副生物を、もうひとつの製品として、誇りを込めて「Co-Products」(コプロ)と呼んで事業化。現在では、原料の調達、消費にとどまらず、地域の農作物を育む、という循環型のサプライチェーンが出来上がっている。
佐野● 世界各地に広がる味の素グループのアミノ酸生産工場では、それぞれの地域で入手しやすい植物原料を、微生物の力で発酵させることによって「味の素®」をはじめとするさまざまなアミノ酸を製造しています。
すなわち、アミノ酸を生産するためには、原料となる農作物が健やかに育まれ、持続的に調達できなければなりません。そこで味の素グループでは、発酵液からアミノ酸を取り出した後に残る栄養豊富な液体(副生物)もまた、地域から預かった大切な資源・畑の恵みと考え、有機質の肥料や飼料として地域に還元することで、いつまでも作り続けられる仕組みを、30年以上前から築き上げてきました。アミノ酸発酵原料を提供してくれる各地域の農業に豊かな実りをお返しする発想です。
コプロは、約90%が肥料に生まれ変わり、主に農業分野で有効利用されていますが、地域ごとの自然特性や農作物の特性、ニーズが異なるため、それぞれの地域の農業慣行や作物に適した利用方法の研究や効果の検証を進めています。作物ごとに異なる施肥の仕方や効果などについては、各農家の方々に十分ご説明する必要があります。
例えばベトナム味の素社では、アミノ酸製造と同じ位置づけでコプロビジネス専門の部署、ADD(Agriculture Development Department)を設置し、施肥によって生産性をさらに高めるための基礎的な研究・実証実験や、販売・普及のためのきめ細かなサービスを行っています。肥料としての認証取得にあたっては、地域や作物ごとの施肥効果などを公的機関とともに検証していますし、またそうした効果は、テレビ番組や直接訪問などにより、専門のテクニカルスタッフが農家の方々にお伝えし、技術指導するなど、もうひとつの製品として、ビジネスとして確立するために、決め細やかな取り組みを続けています。
またコプロのさらなる高付加価値化に向けた研究と、畜産・水産業も視野に入れた用途開発を進めています。
このように、原料を育む地域とともに歩むことを考えているうちに、原料を大切に活かし切り、その恵みを人や自然のいのちへとつないでいく、循環型の生産モデルができあがりました。
こうして培われた“作り続けられる仕組み”を構築する姿勢は、今では、世界に広がる多種多様な味の素グループの事業の基本になっています。

(左)ベトナム-コプロの液肥を運ぶタンクローリー (右)コプロで育つザボン
Q こうした一連の取り組みが企業活動に与えるメリットを教えてください。
中尾● すでに触れた通り、社会的責任を着実に全うしていくことで、ブランド力が向上することは間違いありませんが、それにしても、それぞれの取り組みがどれだけ効いているか定量的に判断するのは難しいのが現実です。
ちなみに味の素グループが活躍する食品業界には、競合メーカーとして、複数の欧州大手食品メーカーが存在する。いずれも環境経営に注力する企業である。
中尾● しかし、欧州の食品メーカーと直接的に競合する、ブイヨンなどの風味調味料分野においては製品による技術的な差別化は難しいというのが現実です。その結果、ブランド力向上によって競争力を高めようとしている彼らに遅れをとるわけにはいきません。
そういう意味では、むしろ、環境面でのマイナスイメージは絶対に与えるわけにはいかないと考えた方がいいのかもしれませんね。
Q 地球環境問題に向けた、今後の課題や展望を教えてください。
中尾●「味の素グループ・ゼロエミッション」で掲げた目標は2010年度までに、かなりの部分で達成できていると考えています。その次になにが出来るか、ということが今後の我々の課題になるのでしょう。ゼロエミッション計画自体も、数値目標なども見直して、2011年度からの新たな3ヵ年計画の中で取り組んでいきます。
また、本業のなかで、我々になにができるのか――。それが我々が取り組むべき次の課題であると考えています。たとえばタイのバイオマスボイラー導入に代表される、生産拠点における再生可能エネルギーへの転換は、そうした取り組みのひとつになるでしょう。
さらに今後の世界人口の増加を想定すれば、生物資源に対するなんらかのアクションを取る必要もあると考えています。たとえばアミノ酸発酵には、多くの食料資源を必要とします。今後、食料との競合を避けていく上では、非可食原料の活用などの技術面での取り組みも必要になるでしょう。
いずれにせよ、持続可能な社会の実現に向けたより積極的な貢献が、当社の今後の取り組みの方向性であることは間違いないと考えています。
Q 海外での環境CSRに関する取り組みを自己採点するなら、百点満点で何点でしょう?
佐野● 全体的に点数をつけるのは難しいですね。取り組みを個別に見ていくと、目標以上に進められていることと、まだまだ改善の余地があるなと思える取り組みもあります。いずれにしろ、2009年で創業100年を迎えた味の素グループですが、次の100年の持続可能性に貢献していくために、グループ・グローバルで私たちに出来ることは、まだまだあると考えています。
参考
●味の素グループの環境への取り組みについて (
日本語版/
英語版)
●「味の素グループ環境報告書2010」 (
日本語版/
英語版)
・ゼロエミッション目標と実績:33ページ、41-44ページ
・コプロの取り組み:9-13ページ
・バイオマスボイラー:14ページ