Q ニューオリンズにおける堤防改修工事の概略を教えてください。
川内● ニューオリンズ市は、ミシシッピ川と北側のポンチャートレイン湖、さらに東側の湿地帯に囲まれた、海抜下を含む低地帯にある都市です。そのため同市では、市街地を囲む堤防を築くなど、水害防止に向けた取り組みが街づくりと並行して進められてきました。
しかしカトリーナの勢力は、想定外のものでした。その結果、いたるところで堤防が決壊し、市街の大部分が水没するに至ったのです。
我々が今手掛けているのは、その教訓にもとづいて設計し直された堤防工事です。
工事発注者は米国陸軍工兵隊で、当社は、米国の大手建設会社であるURS、地元の建設会社であるJames ConstructionとJVを組み工事を受注しています。
また我々以外にも、複数の工区において現在、工事が同時並行的に進んでいます。
12㎞にわたって続く既設盛土堤防の上に、高さ3.5mの鉄筋コンクリート製の擁壁――。それがニューオリンズ市郊外において大林組が建設を進める堤防の概要である。現場は、湿地帯に接するきわめて軟弱な地盤。3.5mという高さの堤防の強度を維持するために打ち込まれるH鋼杭の長さは、最長で47mにも達する。1.7m間隔で打たれる杭は、工区合計で1万4581本に及ぶという。さらに土中には、シートパイルと呼ばれる鋼鉄製のカーテンを8~12mの深さまで埋め込むことで、水の浸食を防ぐ。今回建設されるコンクリート擁壁は既設盛土堤防が全て水で流されたとしても自立し機能するよう設計されている。近年、大型化する台風やハリケーンが頻発している。気候変動は、このような自然災害の発生に影響を及ぼす可能性が指摘されている。
Q そもそも、どのような経緯で工事に参加されたのでしょうか?
川内● 当社は1978年のサンフランシスコ市下水道工事を皮切りに、米国において公共事業を数多く請け負ってきました。近年では、フーバーダム下流のコロラド川にかかる北米最長のコンクリートアーチ橋の建設工事を受注し、その難工事を完成に導くなど実績を積み重ねてきました。
当社は、米国において土木系の公共事業に多くの実績がある唯一の日系の建設会社です。
ニューオリンズの案件も、そうした実績の積み重ねの中で受注したものです。
Q 日本の土木技術は、世界的にはどう評価されているのでしょう?
川内● あまり知られていませんが、日本の土木技術はきわめて高い評価を得ています。
それは、日本の自然環境の特徴が反映されています。
たとえば東京のような軟弱な地盤において地下鉄を建設するには、特別な技術が必要とされます。
また、耐震・免震技術もそのひとつです。我々日本人が直面してきたニーズが高度な技術を生んだといえるでしょう。
Q するとこの堤防工事に参加された背景にあるのも、そうした高い技術力と考えていいのでしょうか?
川内● 正直にいうと同プロジェクトは、技術的には特筆すべき点はさほどないのです。むしろポイントは、工期という面にありました。
工事着工は2010年1月。総延長12kmの堤防をハリケーンシーズンが始まる2011年6月までの1年半の期間で完成させることが、陸軍との契約の概要です。その実現は、かなり難しいと考えられました。
石垣● そのため、同プロジェクトでは工期短縮に向けた工夫をいくつか行っています。
総延長12kmの現場を3つの工区(Heading)に分け、3工区が競い合う形で杭打ち~コンクリート打設までを同時並行的に行ったこともその一つです。
杭打ち工事に使用するハンマーの種類やコンクリート工事における施工手順などについて、3工区で試行錯誤を繰り返し、もっとも効果的な方法を探り、その水平展開を図ったことは、現場全体が最良の施工方法を選択することにもつながっています。
Q 工事の体制を教えてください。
石垣● 日本人は私を含めて2名おり、私はエンジニアリング部門で施工計画の立案等を担当し、もう一名は管理部門で資金管理等を担当しています。JV職員及び現地採用職員合計50名、職長と作業員があわせて500名になります。
Q 現場は、どのような環境なのでしょう?
石垣● ニューオリンズ市街から30kmほど離れた湿地帯になります。ルイジアナ州では、集中豪雨が頻繁にあります。現場は非常に軟弱な地盤で、現場内は、豪雨があると数日間車両通行が困難になるという状況でした。そのため、堤防工事に先立ち、工事用道路整備から作業は始まりました。
また現場には、水害直後の緊急堤防復旧工事で使った盛土の掘り跡が池として残っています。そこでは体長3mを越えるアリゲーターなどの野生動物の姿を目にすることもできます。
Q アリゲーターというと、ワニですよね。とても危険な現場のように思えるのですが――。
石垣● クロコダイルと違いアリゲーターは温厚な性格なので、こちらから攻撃を加えたりしない限り、脅威はありません。
むしろ危険なのは、ブラックウィドウという毒グモです。ブラックウィドウは型枠や資材の隙間に潜んでいるため、毎日の作業開始時に慎重な点検を行う必要があります。
当社の現場ではないのですが、同じエリアの工区では昨年、溶接工がはめるグローブの中にブラックウィドウが隠れていたこともありました。気の毒なことに、刺された作業員は指を切断しています。
また型枠の隙間や事務所・休憩所の建物の下に、体長2mにも及ぶヘビが出没することもあります。毒は持っていないようですが、やはり注意は必要です。
さらに湿地帯であることから、春先から秋口にかけて、おびただしい数の羽虫が発生する点も苦労のひとつでした。親指の第一関節ほどの大きさのハエや羽虫が真っ黒な雲のように大量発生し、車両の窓を開けることができないこともしばしばでした。
Q そうなると工期を守るのはさらに難しくなりますね。昨年のハリケーンシーズンも工事は順調に進んだのでしょうか?
石垣● ご指摘の通り、プロジェクトにとってはハリケーンは大きなリスク要因の一つでした。
幸いにも昨年は大きなハリケーンの上陸はなく、ここまで順調に工事は進んでいますが、ハリケーンを念頭に置き、工期短縮を常に心掛けてきました。また、ハリケーンの上陸に備え、緊急時の対応や現場保全に関する訓練も行っています。
その一方で、トルネード(竜巻)にはたびたび襲われています。
トルネード警報が発令されると、クレーンのブームを地面に寝かせるなどの強風対策を取る必要があり、これも作業の進捗をさまたげた要素のひとつでした。
また、堤防改修工事に関する複数のプロジェクトが同時並行的に行われるなか、質の高い作業員を確保することも我々の課題のひとつでした。
その点については、綿密な工事計画にもとづく無理のない作業手順を組み立てられたことが大きな効果をあげたと考えています。
それが手戻りの減少につながり、その結果、作業員に良質な作業環境を提供することが可能になったのです。
Q 話は変わりますが、被災したニューオリンズの人々の暮らしぶりはいかがでしょう?
石垣● ニューオリンズは観光地としても有名ですが、カトリーナ後は災害のイメージが強くなり観光客が減少し、経済的にも暗い状況が続いています。
こうした中、地元プロフットボールチームであるニューオリンズ・セインツが2010年2月にチーム史上初めてスーパーボールを制したことは数少ない明るい話題の一つでした。
堤防改修工事は、地域社会が長い間切望してきたもので、私が「堤防プロジェクトに参加している」と伝えると、現地のほぼすべての人が感謝の言葉を口にします。その言葉を聞くたびに、責任の大きさをあらためて実感しています。
Q 観光業の低迷により経済的なダメージを受けていることを考えると、プロジェクトは経済効果という面でも大きな意味を持つのではないでしょうか?
石垣● その通りだと思います。
米国の土木工事では、作業員は現地スタッフを雇用することが一般的です。当プロジェクトはJVですが、当社単独で施工する場合も、作業員・事務所スタッフの大半は現地雇用のスタッフになります。
Q 社会貢献活動は、そのほかにどのようなことをなさっていますか?
石垣● 昨年の感謝祭(Thanksgiving Day)において、プロジェクトに従事する全スタッフが地元のコミュニティセンターに対し食料品の寄付を行いました。その際、少しでも多くの人に暖かい感謝祭を迎えていただくため、一種のゲーム形式で寄付を募る工夫をしました。
それは、事務所スタッフ、3工区の作業員、協力会社等がそれぞれチームに分かれ、寄付した食料品の量をチーム内一人当たり重量に換算し、順位を競うというもの。勝利チームには、記念品も用意しました。
その結果、当初の予想をはるかに越える食料品を集めることができました。これは地元紙で報じられるなど、地域社会でも話題になりました。
また、ニューオリンズ日本語補習校の課外授業として、現場見学会を行いました。生徒や保護者の方には、カトリーナを体験した方も多く、工事への関心はとても高いものがあります。また、経験しなかった子供達に、どれほどの災害であったかを伝え、災害対策について知ってもらうことも意義のあることだと考え、企画しました。
Q 海外で土木工事を行う際の難しさを教えてください。
石垣● 国によって、あるいは地域によって、まったく異なる習慣、法体系、文化、気候があるため、日本をはじめほかの国で成功した方法が必ずしも通用するわけではないという点です。
川内● 先進国と新興国では事情はまったく異なりますし、たとえば米国内でも都市部の現場と郊外の現場はそれぞれ環境が大きく違います。大切なのはそれぞれの現場に応じて、日本で培った技術を適合させていくことであると考えています。
実は、現地調達できる資材や技術をどう活用していくかを考えることも、土木技術者の大切な仕事のひとつなのです。
たとえばJICAの無償資金協力事業として実施されたメコン川護岸工事(ラオス)において、日本の伝統的河川技術である「粗朶(そだ)工法」を採用したことはその分かりやすい例といえるでしょう。
粗朶工法とは、広葉樹から伐採した小枝(粗朶)と石材を組み合わせて河川浸食の防止を図る技術。戦後、コンクリートが多用されるようになるまでは、国内でも盛んに用いられていたものです。
コンクリートの手配が難しいラオスでも、粗朶であれば簡単に手に入ります。そこで粗朶工法を知る老人を日本から招き、現地のスタッフにその技術を伝えたというわけです。
工事をスムーズに進めるための苦肉の策でもありましたが、その後ラオスにおいて粗朶工法が河川保守技術として根付くなど、結果として大きな成果をあげるに至っています。
Q 今回の堤防改修工事をご自身で採点するとすれば、100点満点で何点をつけますか?
石垣● 100点をつけたいと思います。
確かに至らない点やミスもありましたが、現時点で持つ能力のなかで、最善のことをしてきたという自信はあります。もし1年後に同様の工事があり、今回と同程度の仕事しかできなければ、そのときは低い点数をつけることになるとも考えていますが……。
また、米国ではあまり知られていない日本発の技術を、JV企業や発注者に紹介できたことも今回の成果のひとつでした。
最後に一言付け加えるなら、日本で起こった大災害は頭から離れません。
それとともに、土木という仕事を通して果たすべき社会的責任の大きさをあらためて実感しています。土木技術者の一人として、自分が携わったプロジェクトで地域の安全を高めることができれば、これほど嬉しいことはありません。