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生態系保全への取り組み

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不買運動の危機から始まった
生態系保全への取り組み

サラヤ

サラヤ株式会社 生態系保全への取り組み

今日、食用油脂「パーム油」の原料であるアブラヤシ・プランテーションが熱帯地域の森林生態系に大きな影響を与えている。
パーム油という言葉に日本人は馴染みがないが、インスタント麺の揚げ油として使われるなど、我々の食卓に不可欠な食材となろうとしている。
こうしたなか、この課題に積極的に取り組み続ける日本企業が存在する。
それは以前からパーム油を原料にした食器用洗剤を製造・販売するサラヤ株式会社だ。
実をいうと、パーム油の国内消費における同社の比率は微々たるものに過ぎない。
それにも関わらず、積極的な活動を続けてきた背景には、マスメディアの誤解にもとづく、
不買運動にもつながりかけない危機的な状況があった。
一連の取り組みを、ビジネス&カスタマーズ事業本部広報宣伝部部長の代島裕世氏に聞いた。

3)RSPO社長演説
RSPO社長演説

サラヤ株式会社
ビジネス&カスタマーズ事業本部
広報宣伝部 部長
代島裕世氏

インタビュー
Q パーム油をめぐる課題に取り組みはじめた理由を教えてください。

代島氏●テレビ番組からの取材依頼がすべての始まりでした。

番組の内容はパーム油の原料となるアブラヤシ・プランテーションの拡大により、アジアの熱帯地域の生態系が危機に瀕している姿を紹介するものでした。そのタイトルは「小象の涙~“地球にやさしい”の落とし穴」。それは当社の主力商品のキャッチコピーに引っ掛けたものでした。
「アブラヤシの油」という言葉から当社の「ヤシノミ洗剤」を連想したことは、短絡的な誤解があったと感じています。
しかしその一方では、我々の側にも手落ちがありました。
当社がヤシ油を原料とする「ヤシノミ洗剤」の発売を開始したのは、石油系合成洗剤が河川等に与える影響が深刻化しつつあった1970年代のことでした。
石油系合成洗剤に較べて生分解されやすく、環境への影響も比較的少ないこの製品に「手肌と地球にやさしい」というキャッチフレーズをつけたのは、当時としては間違ってはいなかったと考えています。
しかし製品の環境性能だけでなく、「地球にやさしい」という視点が、原料調達という面にまで及んでいなかったことが、我々の見落としでした。

全国ネットの報道番組の取材に応じることで同社が直面したのは、不買運動にもつながりかねない消費者の誤解と反発だった。
その一方では、実はそれまでパーム油がどのように作られているのか、社内のだれも知らなかったことも事実だった。同社の取り組みは、事実を知ることから始まった。
そこで知ったのは想像もできない事態の深刻さだった――。


RSPO会議

代島氏●1952年、薬用石鹸液の開発・発売とともに同社が起業した当時、その原料はココヤシからとれるヤシ油でした。ココヤシはアジア原産の植物で、古くからフィリピン、インドネシア等で栽培されてきたものです。
ヤシノミ洗剤も当初はヤシ油を原料にしていました。しかし1980年代以降、その供給が不安定化する中、新たに注目されたのがアブラヤシからとれるパーム油でした。

アブラヤシの最大の特徴は、ココヤシとは比較にならないほど大量の油脂が効率よく採取できる点だ。その量は、単位面積あたりで大豆のおよそ10倍。世界的な人口拡大が続く中、食用油脂の安定供給を図る上で不可欠な食材であるとも目されるゆえんだ。
小規模な農家でも栽培可能なココヤシと違い、アブラヤシ栽培においてプランテーション化が急速に進んだ背景には、アブラヤシは採取後、酵素による自己分解が急速に進むという事情がある。そのため栽培地に隣接した搾油工場が不可欠になため、おのずと事業効率の向上のため大規模化が必要とされるのだ。

代島氏●アブラヤシのパーム核油(種子から抽出する油)からとれるラウリン酸は、ヤシ油同様、洗浄剤の原料として非常に優れていました。
そのため1990年前後から供給が不安定化するヤシ油の代替原料として市場に出回るようになりました。そのため当社でも、市価を睨みながら、双方を使い分けてきたというのが実情でした。
付け加えるなら、当時、パーム核油については、果肉からパーム油を搾った後に残る種を使うため「廃棄物を再利用できる」という触れ込みでもあったのです。

アブラヤシ由来のパーム油の生産量は、マレーシア・インドネシア両国が9割を占める。
その用途は、世界全体で見ると食用が9割で非食用は1割。日本国内でも食用が8割を占める。その用途は、インスタント麺の揚げ油から外食チェーンで使われる揚げ油、チョコレートの代替油脂まで多岐に及ぶ。
中国・インドをはじめとする新興国の経済成長にともなう食用油脂需要の拡大により、1990年代には半島マレーシアにおけるアブラヤシ・プランテーションはすでに飽和化しつつあった。それにともない、開発の波はそれ以降、ボルネオ島へと広がっていった。

そうしたなか浮かび上がったのが、生態系への影響という課題だった。
特に注目されたのは、ボルネオ島北東部を流れるキナバタンガン川下流域の熱帯雨林への影響だった。
プランテーションの拡大により生息地が分断されることで、同地域のオランウータンの孤立化による絶滅が危惧されるようになったのだ。


オランウータン 保護区へのリリース

その現状は、深刻だ。
フランスのNGOによる2003年の調査によると孤立化の結果、自然交配に頼る限り、同地のオラウータンは2050年までに絶滅すると結論づけている。種の存続の危機に直面していたのだ。また、プランテーションの拡大は、オランウータンだけでなく地域の野生動物を川沿いにわずかに残る保護林へと追いやることにつながった。
2000年代以降、プランテーションに入り込んだ子象が、現地の農民が仕掛けた罠に掛かり傷つく事故が頻発するようになったこともその表れのひとつだ。
それらの事象は、主に欧州のNPOによる生態系保全に向けた積極的な活動へとつながった。日本国内に波及したその波の一つが、冒頭で紹介したテレビ番組だった。

代島氏●調査を進めるなかでまず知ったのは、日本でのパーム油利用のうち、非食用は2割。しかも石鹸・洗剤メーカーの中でも大きな企業ではない当社の使用するパーム油はごくわずかにすぎず、「ヤシノミ洗剤」が槍玉にあげられることは誤解に過ぎないという事実でした。

その一方で、現地が危機的な状況に直面していることも我々が知ったことの一つです。
地元の人に聞くと、20年前は象の声は年に一度ぐらい、遠くから聞こえるだけだったそうです。それが近頃では、目の前を歩いている。あぶりだされてしまったのです。
一見すると、プランテーションは緑色をしています。しかし単一種だけが植えられたその土地は生物多様性が失われ、現実には生物が暮せない緑の砂漠なのです。


命のサイクル図

Q 今後拡大が予想される食用油脂需要を支えるには、プランテーションの存在は必要。一方では、その拡大が多くの生物種にとって危機的な状況を生んでいる――。企業としての取り組みを考える上で、この二律相反する現実は悩みどころだったと思います。

代島氏●たしかにその通りだと思います。
現実を学ぶ中で我々が知ったのは、持続可能なパーム油生産の実現に向けた、国際的な認証制度の確立を目指す取り組みがすでにスタートしていたことでした。
それが欧州大手食品企業やパーム油生産企業が参加する「持続可能なパーム油のための円卓会議」(RSPO)。当社がメンバーに当社が加わったのは2005年のこと。日本企業の参加は、大手商社や大手食品メーカーの海外拠点を除けば皆無という時代のことでした。

当初、我々はこの枠組の中で、問題解決を目指そうと考えました。
メンバーになると、総会で発表する権利を得ます。
2005年に当社社長の更家悠介は総会において「河岸林の岸から1kmを無条件で保全しよう」と提案しました。しかしその提案は、主に生産側から大反発を受けるます。「ミスターサラヤは、その経済的インパクトを考慮したことがあるのか」というわけです。
その結果、我々はその提案を取り下げざるをえませんでした。
こうしたプロセスにおいて実感したのは、認証制度というビジネスにおける枠組はもちろん必要ですが、それだけでは生態系保全という課題の解決にはつながらないという現実でした。

ちなみにPSPOが認証した農園からのパーム油が始めて出荷されたのは2008年のこと。それを受けて2010年に同社は、日本で初めて認証されたパーム油だけを使った洗剤の発売を開始している。

Q ビジネスとしての枠組だけでは問題は解決しないというのは、聞き逃せない部分ですね。

代島氏●現地にアブラヤシ栽培で生計を立てる方が数多くいる以上、消費側の思いだけでは改善は難しいのが現実なのです。

その一方で、我々が現地調査を行うなかで、直接的に生態系保全に取り組む多くの方と知りあっています。
当時、JICAのスタッフとして現地で活動していた坪内俊憲氏もその一人でした。
彼は、初対面の我々に自らの取り組みの意義とその限界を熱っぽく説明してくれました。
その熱意に当社社長が共鳴したことが、「トラスト」による現地での直接的な貢献活動に取り組むきっかけになりました。

坪内氏の人脈により州政府を巻き込む形で誕生した「ボルネオ保全トラスト」の第一の目的は、キナバタンガン川流域に野生動物の生息域となる森「緑の回廊」を確立すること。
今日まで同トラストでは、その実現に向け、河岸の土地買収や、使用済み消防ホースで作られた川をまたぐ“つり橋”の構築などの活動を積極的に行ってきた。
ちなみに消防ホースのつり橋は多摩動物公園(東京)で暮らすオランウータンの遊具として利用されていたことに発想を得て生まれたもの。動物園のノウハウが生態系保全に活かされた特異なケースでもある。

同社では2007年5月、主力商品であるヤシノミ洗剤の売上の1%をボルネオ保全トラストに提供することを表明し、消費者啓発に向けたキャンペーンを開始した。その取り組みは今日も続いている。
売上の1%というのは、勇気がいる決断だ。なぜなら「利益の1%」と違い、それは事業が赤字化しても企業が果たすべき約束だからである。


アブラヤシの木

Q このようなキャンペーンを行う上で、企業としての躊躇もあったと思いますが。

代島氏●おそらく上場企業であれば、こうした取り組みの実現は難しかったでしょう。
オーナーが経営にあたる非上場企業だったことが、思い切ったことに踏み切れる一番の理由だったと思います。
しかしその一方で、「やる以上は売上を伸ばさなければ意味はない。それでなければ、ただのチャリティだ」と経営トップから厳命されたことも事実です。
企業活動を通して社会問題の解決を図る以上、ビジネスとして成立しなければキャンペーンは失敗であるというわけです。
広報宣伝の担当者としていえば、当初は不安の連続でした。

しかし2007年のキャンペーン開始後、ヤシノミ洗剤の売上は前年比106~108%の伸びを記録し続けています。
そもそもヤシノミ洗剤の売上は、1990年以降頭打ち状態が続いていただけに、それは驚きでもありました。ようやく「環境」でものが売れる時代が来たのだな、というのが正直な感想です。

Q取り組みが成功するには、消費者への啓発活動――環境教育が不可欠だったはずです。それはどのように進めたのでしょう?

代島氏●まず力を入れたのは、商品パッケージや販促ツールをつかった啓発活動です。
当社のような中小企業の広告宣伝費は限られています。そこで広告の軸足をマスメディアから自社ホームページを中心に構築したソーシャルネットワークに移行しました。
ヤシノミ洗剤のブランドサイト「ヤシノミjp」に登録する会員数は今日7万人以上に達しています。
また我々の取り組みを伝える上で、ラジオもまた有効なメディアでした。
これは私見ですが、ラジオはより深い情報が伝えられると思うのです。今後、ラジオとネットは世の中を大きく変える原動力になるかもしれません。

ヤシノミ洗剤の国内シェアは2~2.5%。つまり50軒に1軒というシェアです。
大手メーカーとは比較しようもない数字ですが、私たちは安定的にそのシェアを保ってきました。規模という点も、キャンペーンが成功した要因の一つであったと思います。

一般消費者への啓発活動の一環として、2007年より消費者から募った参加者とともに現地視察を行う「ボルネオ調査隊」を実行する点も同社の取り組みの特徴のひとつだ。ちなみに過去の参加者のレポートは上記ウェブサイトで読むことができる。

代島氏●「ボルネオ調査隊」参加者は多数の希望者の中から、志望動機をもとに選抜しています。ちなみにこの取り組みは、我々も含め、参加者全員が出発地である関西国際空港のロビーではじめて会うことを原則にしています。それは「やらせ」などではない、本当に一般の方の感想を知りたいと思うからです。

Q参加者のレポートを読むと、やはりその意識は大きく変わっているようですね。

代島氏●現地において生き物の現実を知ることは、やはり大きなインパクトがあるようです。
また、課題を自分の目で確認することで、一人称でこの問題を語れるようになる点も大きなポイントになるでしょう。
帰国後に地元で学習会を開き、多くの人にこの問題を伝えようとしてくださる参加者も少なくありません。我々も、パネル資料の貸し出しなどを通し、そうした活動を支援しています。

またボルネオ調査隊と並行して、サプライチェーンや当社社員を対象に、ボルネオでの現地研修も行っています。やはりその場合も、参加者は伝聞ではなく一人称で問題を語れるようになるという変化が見られます。


役員ボルネオ研修

Q 代島さんもボルネオ島には足しげく通われているはずです。ご自身の行動変容という点ではいかがですか?

代島氏●それは当然ありましたね。
たとえば、現地の保護施設に収容された、目の前で親を殺された孤児のゾウは、人間同様PTSDの症状が現れるのです。そういう姿を見ると、同じ生き物として、なにができるのか、やはり考えてしまいますよね。
その一方で、そんな彼らを命をかけても守ろうとする人々がいます。

そうした現状を知ることは、企業の広報宣伝業務を担ってきた自分が、今なにができるのかという課題について、真剣に考えることにつながったと感じています。

Q こうしてお話をうかがうと、坪内氏をはじめとする生態系保全に取り組む人々との出会いを生かせたことも大きな意味を持つように感じます。そうした点については、どうお考えになっていますか?

代島氏●まったくその通りだと思います。
そういう意味では、環境問題の専門家である中西宣夫氏を会社に招いたことの意味はきわめて大きかったと思います。
2004年に「小象の涙~“地球にやさしい”の落とし穴」が放映された後、当社では社内スタッフだけでこの問題に対応することは難しいと判断しました。それを受けて、お招きしたのが同氏でした。
本業は歯科医なのですが、歯科医としての仕事に限界を感じ、バックパッカーになったというキャリアを持つユニークな人物です。当時彼は国際貢献の専門家を志し、大学院で国際貢献について研究していました。
やはり現場を知るそうした人材を外部から招いたことは、スピーディな対応を実現する上で大きな意義があったと考えています。

また坪内氏も知り合った当初は、パーム油を使う企業活動自体が悪であると断言されるような方でした。
そういう方々との出会いは、企業の環境経営部門に関わる方は常にお持ちだと思います。
当社の場合、誰よりも先に経営トップが意気投合してしまったわけですが、一般論としていえば、そういう方々との協業を経営トップに理解していただく難しさはあるようですね。

Q 一連の取り組みのなかで得た経験にもとづく、他社の環境経営部門の担当者へのアドバイスを教えてください。

代島氏●事業において直面する課題から目をそらさないことです。アドバイスはそれに尽きます。
問題はないと思っている場合でも、実は重大な問題に直面しているかもしれません。大切なことは、課題に気づいたとき、いち早くそれに対応することです。その姿勢は必ず賞賛へとつながるはずです。

Q これまでの活動を採点するなら、百点満点で何点をつけますか?

代島氏●我々が2004年に取り組みをスタートしたときには、認証制度もトラストもありませんでした。恥ずかしい話ですが、私自身のこととしてもオランウータンが霊長類であることすら知らなかったのが現実です。
それが今は、多くの日本人がボルネオで今起きていることを知るようになりました。
起点から目標達成にいたるプロセスで考えるなら、道筋の半ば以上まで到達したと感じています。そう考えると、55点というところでしょうか。
★取り組みのヒント
  • 事業が直面する課題を直視し、その解決に努めた。
  • 国際的な認証制度に積極的に参加した。
  • 事業における取り組みではカバーできない部分を補う専門家を招き、生態系保全活動を自ら立案した。
  • 消費者への啓発を通し、その意識が現地の生態系保全につながる仕組みを確立した。