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その背景にあった経営トップの遺志

Case Studies

「開発」と「環境保全」の両立
その背景にあった経営トップの遺志

東急不動産

東急不動産株式会社 パラオ・リゾート開発における取り組み

東急不動産株式会社が太平洋の島嶼国、パラオ共和国にリゾートホテルをオープンしたのは、同国が独立して間もない1984年のことだ。
リゾートの前面、かつては泥土が流れ込んでいた海は今日、同社の入念な調査にもとづく海浜改修により、生物が豊富な海に姿を変えた。
同リゾートが地域に果たした貢献は、開業25周年式典において、同国のジョンソン・トリビオン大統領(Johnson Toribiong)が語った言葉に集約されるはずだ。
そこで語られたのは、まずは同国の経済的貢献に、そして環境保全への先進的取り組みに対しての感謝の言葉だった。
同社はなぜ、1980年代にいち早く、「開発」と「環境保全」の両立を前提にした事業を開始しえたのか。
その背景にあるものと苦労をCSR推進部 社会・環境推進グループの山内氏と是永氏*に聞いた。
(*注:取材対応者の所属、役職は2011年3月当時のものである。)

70アイランド

東急不動産株式会社
CSR推進部 社会・環境推進グループ グループリーダー 部長 山内智孝氏
CSR推進部 社会・環境推進グループ 課長 是永剛良氏
(2011年3月当時)

インタビュー
Q  まずお聞きしたいのは、なぜパラオ共和国で事業を開始したかという点です。

山内●それを説明するには、まずパラオの歴史からご説明する必要があります。
パラオを含むミクロネシア地域は、スペイン、ドイツ植民地を経て、第一次世界大戦後日本の委任統治領となったという歴史があります。その後、同地には、多くの日本人が移住しました。
日本政府による統治の拠点となったのが、今日、当社のパラオ・パシフィック・リゾートがあるコロール島でした。同島は、最も多いときで、住民3万4000人のうち、2万5000人が日本人だったとも言われています。
ミクロネシア地域は第二次世界大戦の激戦地としての歴史を経て、戦後、アメリカの信託統治時代を迎えます。あまり知られていませんが、そうした中、パラオはきわめて親日的な国民性を保ち続けてきました。
その背後にはスペインやドイツと違い、統治にあたり日本が積極的なインフラ整備を行ったこと、また激戦地でありながら当時の日本軍が住民の安全に極力配慮したことなどがあると考えられています。

一方、戦後東急グループ創業者である父から事業を引き継いだ当社初代社長の五島昇が、経済人としての活動の中で取り組み続けたのが、「北米経済圏」、「欧州経済圏」と並ぶ、「環太平洋経済圏」の構築という課題でした。
その一環として五島が推進したのが、環太平洋地域への積極的投資――具体的にはホテル開発でした。
その背景には、環太平洋に向けた五島の個人的な思いがあったと我々は考えています。例えば晩年、彼はこのような言葉を残しています。

――太平洋にのめり込むようになったのは、昭和28(1953)年からである。当時ハワイ行きの飛行機はプロペラ機のため航続距離が短く、あちこちの島に立ち寄っていた。私が乗ったハワイ行きの飛行機がたまたまエンジントラブルでグアムに留められたとき、太平洋の島々の話を聞き興味を持った。太平洋の島嶼国の人たちは、環境や自然に対し、欧米先進国とはまったく違う考えを持っていることを知ったからである。
(「私の履歴書」日本経済新聞1989年3月掲載)


ちなみに、五島昇が東急グループの中で、東亜国内航空という航空会社を経営した背景にも、環太平洋経済圏構想があります。おそらく五島昇は、環太平洋地域の各拠点にシティホテルやリゾートホテルをつくると同時に、航空路を開拓し、人と人の行き来を盛んにすることで、それぞれの国が、ともに豊かになる経済システムの具現化が可能になると考えていたのではないでしょうか。


コンプライアンス研修会

Q  では1980年代前半に、環境という側面に注目しえたのはなぜなのでしょう? 当時国内リゾートの開発に際しても、環境保全という視点が強く意識されることは稀だったと思うのですが。

山内●そのヒントになるのは、五島昇が環太平洋地域のリゾート開発に関して残した以下の言葉です。

――欧米型の開発事業だと、優れた場所でもリゾート地にして30年も経てば俗化してだめになってしまう。もっと息の長い観光開発はできないものかと頭を痛めた。昭和43(1968)年、フィジーのラツ・マラ首相に会う機会があった。彼は「ザ・パシフィック・ウェイ」という言い方で、環境保全を最優先しそれを守れる範囲でしか開発を認めないという考えを繰り返し説明した。我々とかけ離れた価値観に衝撃を受けた。
(「私の履歴書」日本経済新聞1989年3月掲載)

Q  1960年代、すでにそのような視点を持つリーダーが存在したことにはちょっと驚かされます。

山内●パラオでの取り組みは、五島昇がミクロネシア地域に生きる人々に啓発されたという部分も大きかったと思うのです。パラオプロジェクトと同じ頃、東急グループの中核企業である東京急行電鉄は、五島昇の指揮で、1985年、フィジーにおいてマンゴ島という小さな島も購入しています。もちろん開発と環境保全の両立という、ラツ・マラ元首相との約束は守らなければなりません。この島について、五島はこんな言葉を残しています。

――しかし環境保全と観光開発という二律背反のやり方を調和させる手段はいまだ確立していない。おそらく今後20年もすれば出てくるだろう。それまでは開発せずにこのままにしておくつもりである。
(「私の履歴書」日本経済新聞1989年3月掲載)


Q  20年後といえば2005年です。その島は今?

山内●残念ながら近年、東急グループ全体が経営的に厳しい時期を経る過程で、手放さざるを得なかったとのことです。

豊かな自然のままであったマンゴ島と違い、事業地に選定したパラオの土地はかつて旧日本軍の基地であり、目前の海に泥土が流れ込むような土地だった。
しかし、その海は現在、ホテル前面の海が州条例により海洋生物保護区に指定されるなど、多様な生物が観察可能な美しいシュノーケリングエリアへと変わった。
2007年には、旅行業界のオスカーともいえる「ワールドトラベルアワード」の「ベスト・ダイビングリゾート・イン・アジア」を受賞するに至っている。


地元から受け入れた高校生インターンに対する環境保護研修

Q  パラオに話を戻すと、そもそもその地域にリゾートを建設した狙いはどこにあったのでしょう?

山内●一番の理由は、その土地の景観だったはずです。
あまり強調すると宣伝めいてしまいますが(笑)、ロックアイランドと呼ばれる美しい小島群を望むロケーションであり、そこでは年間を通してホテルの真正面の海に沈む夕陽の絶景を眺めることが出来ます。現地担当者は「世界一の夕景」と申しております。

もちろん空港からのアクセスを含め、総合的に立地検討した結果選ばれた、素晴らしいエリアと認識しています。

Q  そうなると、自然環境の再生という部分でのご苦労は多かったのでは?

山内●同地は、以前からも色々な施設があった地域だそうです。人の手が加わっている関係もあり、同地正面の海は陸側からの泥土の流出が止まらず、珊瑚が育ちにくい状態でした。
そうしたなか当社では、綿密な調査を行い、珊瑚礁が生育する豊かな海の再生を目指してきました。ですからこの場合は、保全というより、徹底して自然環境を復元してきたといった方が正しいのかもしれません。

Q  取り組みにおける一番の課題はどこにありましたか?

是永●やはりそれは、いかにして経営を成り立たせるかという点に尽きます。そもそも初期の計画自体が、採算という面では苦戦せざるを得ない条件が重なっていました。
たとえば同リゾートの建物は、環境との調和を図る目的で椰子の木よりも低い2階建に制限しています。その結果、利益や効率よりも、まずゆとりを最優先した施設設計となっています。
これまでの関係者が地道にコスト削減と売上向上に向けた努力の結果、今日でこそ事業は黒字化していますが、そこにいたるまでには約20年という時間が掛かりました。その間、この夢のプロジェクトに共感してくれたパラオ人の事業パートナーの力はたいへん大きなものでした。創業期を支えてくださった元大統領のエピソン氏(Ngiratkel Etpison)、イナボ氏(Katsumi Inabo)をはじめとした皆さん、さらにそうした方々の遺志を引き継いだ後継者の皆さんが、この未来に続くプロジェクトを我々と共に磨き上げて今日に至っています。

Q  トリビオン現大統領のメッセージでは、第一に、地域への経済貢献をあげています。具体的にはパラオ人の雇用ということになると思いますが、そうした部分でも苦労は大きかったのではないでしょうか?

山内●確かにその点は、代々の担当者が苦労し続けてきた部分です。
たとえば近隣のアジア系資本によるホテルの従業員は、メインがパラオ外からの就労者のようです。そうした方が国際水準のサービスを即ちに確保することができたり、人件費抑制を狙うといったメリットがあるのだと思います。一方、当社のパラオ・パシフィック・リゾートでは、従業員の8割強をパラオ人スタッフが占め、また経営トップ層においても重要なポジションを経験豊かで優秀なパラオ人が務めています。

パラオ人スタッフ雇用へのこだわりは、もともとはパラオの国や、国民の皆さんの発展を思ってやってきたことと思いますが、それは結果的に、我々のホテル独自の優位性、ほかでは出会えない、特別な価値を生み出すことにつながっているように思います。
実際に現地に行かれると感じていただけると思いますが、一般にグローバルスタンダードと目される標準化されたサービスと、パラオ人スタッフによるサービスとでは、良い意味で微妙な違いがあるように思います。特に違うのはその時間の流れ、いわば「リズム」のような感覚です。彼らのサービスの「リズム」は、いわゆるシティホテルのような“キビキビ” “テキパキ”としたサービスとは少し異なります。そこには、彼ら特有の、ゆったりとした「リズム」が流れています。これがゲストにとって絶妙に心地よいのです。彼らの会話や所作が、パラオの海や森の「リズム」とも柔らかく調和しているように感じられるのです。我々は、このホテルを通じて様々な自然環境や生態系の体験を提供しているわけですが、この自然環境の概念をもっと大きくとらえて、そこに住んでいる人たちの生活や地域経済、つまり人間が生きている活動も含めると考えれば、パラオ人スタッフがかもし出す心地よい「リズム」も自然環境の一部であり、このホテルの人気を支える重要な価値、すなわち優位性になっているのではないかと感じています。

同リゾートでは、従業員教育だけでなく、現地インターンの受け入れなどを通し、同国のサービス業従事者の質的向上に貢献してきた。
それと共に同リゾートでは、ゴミ処理等、同国の環境問題への取り組みにも積極的な支援を続けている。

山内●パラオでは今、3R運動など日本型のゴミ処理プログラムの導入が図られています。
これについては日本国として、在パラオ大使館の貞岡義幸大使をはじめとした皆さんが、様々な形で支援を積極化されています。

しかし戦後長く混載形のゴミ処理に慣れてきてしまったこともあり、国民のゴミ分別への意識はまだまだ低いのが現実のようです。それは当リゾート従業員にも言えることで、当リゾートではJICAの支援によるコンポスト(堆肥化)リサイクルセンターに廃食材の提供も行っていますが、当初は生ゴミにプラスチックが混入することもしばしば見受けられたようでした。これはセンターを設計して現地スタッフを指導されているJICAのエンジニア、藤勝雄さんに直接伺った話です。そこでまずホテル従業員に対し、リサイクルセンター見学を含む教育研修を徹底することにしました。今後はパラオの子どもたちに向けた環境教育に対しても積極的に支援を行っていきたいと考えています。
ちなみに、コンポスト事業を軌道に乗せるのは日本では皆さんご苦労されていると聞いていましたが、パラオではとてもうまくいっているようです。なんといっても気候の違いですね。生ゴミを分解する菌は気温が低いと活動しないため、日本では冬季に加熱が必要となり、その結果コスト高となって採算面で折り合いがつきにくようです。一方、パラオのような熱帯地域では通年で加熱が不要なので、簡単な構造の施設の中で菌が活性化して上質な肥料が出来上がります。パラオの土壌自体はもともと肥沃ではないため肥料もアメリカからの輸入に頼っていたとのこと、センター製の肥料は農業や園芸向けの販売も好調で、効果も評判が良いそうです。貞岡日本大使のお話でも、こうしたリサイクル系の取り組みが、パラオを含む島嶼国支援プログラムの重要な柱になっていくとのことでした。

Q 地域の環境課題に関連する、その他の取り組みについて教えてください。

山内●水資源確保も大きな課題でした。
というのもパラオには公共水道があるものの、配管が古く赤サビが混じっていて飲用には向きません。また1~4月の渇水期にはこの公共水道も枯渇することがあります。
当リゾートでは、こうした状況をふまえ、開業時より独自の上水道設備を確保し、自前の飲料水でホテルの運営を行うとともに、節水対策を実施し、パラオの水資源確保に努めています。

また電力面では、太陽光発電の一部導入を検討している段階ですが、これはリゾート事業を行う我々にとっては難しい課題でもあります。森林を切り開いて、太陽光パネル設置スペースを確保するわけにもいきません。そこで施設屋上から設置を開始することを計画しています。


パラオの自然に調和する客室棟

Qパラオにおける取り組みへの社内の評価を教えてください。

山内●経営的に苦しい時期もあり、社内では、パラオ事業継続への疑問符が常に投げかけられてきたことも事実です。五島昇の主導により進められた、東急グループの環太平洋地域でのホテル事業は、経営環境の変化にともないその相当部分がすでに東急グループから離れてしまっています。それにも関わらずこのパラオの事業が結果的に継続された背景には、プロジェクトのコンセプトに共感した関係者の強い信念や価値観があり、また一緒にプロジェクトに取り組んでくださったパラオ人パートナーの方々の存在も大きいでしょう。
しかし、人と都市と自然の調和を図る英国のガーデンシティ(田園都市)構想の具現化を目指した、澁澤栄一の「田園都市株式会社」をルーツとする当社にとって、今日のパラオにおける取り組みは、理念的にはまさに「本流」というべき事業です。
社内で環境政策を研究している班は、ここで得たノウハウをベースに、国内リゾートにおいても同様の取り組みを展開していくべきであると考えています。パラオは世界的に希少な生態系ゾーンであり、当社のホテルは「生態系の観察」を楽しむダイビングの聖地として世界に知られているわけです。今後のリゾート産業の方向性を考えると、「生態系の観察」が次世代ツーリズムのキーワードのひとつとなるのではないでしょうか。環境配慮の「エコ・ツーリズム」から、さらに自然生態系の「バイオ・ツーリズム」という新しい概念に進むのではないかと思っています。日本国内のリゾートもそうした新しい付加価値づくりに進化していくことを期待しています。
振り返ると、我々はこうしたビジネスの模索を通じて、五島の言葉にある「開発と環境保全の両立」を実現するための実験を、20年以上かけてパラオにおいて行ってきたのではないか、とも感じています。
★取り組みのヒント
  • 経営トップが遺したビジョンの具現化を、地道な取り組みを通して目指した。
  • 観光ビジネスのグローバル化が進む中、地元住民の雇用を前提にしたビジネスモデル構築に成功した。
  • 進出したのは、すでに人の手が入った海浜。綿密な調査にもとづく海浜改修工事を通して、珊瑚礁が広がる豊かな海を再生した。